2010年2月9日火曜日

極左!? vs 新右翼!!〜松の葉揺らす鈴の調べ〜アンチナイト アンモナイト

おやすみアンモナイトな夜が明けて10日が過ぎようとしている。

その初日、ユーロスペースの客席は全てが埋まった。
見渡す限り、人 人 人…
その数145…。
立っている人がいた。

人という波の中に人が渦を巻き蠢く。

増田は浮かれていた。

数日後…慌しい奇跡は軌跡を残し、荒涼たる砂漠が吹雪に覆いつくされたようにスクリーンの前に広がっていた…。

監督、プロデューサー、宣伝配給までこなして来た増田は言う。

「劇場はオアシスのようなもの。初日が満席だからと言っても、それは蜃気楼のようなものなのかもしれない。現実、東京の夜空には雪が舞い、上映前の時間に雪が降り続け客足に影響を及ぼした。それが現実だ。雪で電車が止まり、家に帰れないという現実の方が一時のオアシスに身を沈めるよりも、はるかにリアルなわけだから…レイトショーなんか観ている場合ではないでしょう…。僕は作品の評価なんかよりも、そういう映画を取り巻く状況の方が気になって仕方のない人間なんです。」

しかしながら、オアシスは地下の水源を移動し人の心のように砂漠を移ろい行く。
だから、再びまたスクリーンの前にはオアシスが現れる。幻覚ではないオアシスが再び現れる事により、この映画は確かな現実となる。
そのオアシスは、突如として現れるやもしれぬもの。

私は、ある日突如として増田の前に現れた。
数ヶ月が時間軸を失ったように過ぎて行った。
この人の作る映画を、当初はサルバドールダリの絵が動画と化したものなのかと思った。
時間軸はDNAのように複雑に絡みつく。
だが、視点を定点ではなく風のように過ぎ行く大陸的なものに変えて行った時、目に移る風景が変わって行った。

これが増田の世界観なのかと感じた。
世界観は共有するものではなく、感じるものだ。
そして、移ろいゆくものだ。

ある日、移ろい行く風の如く、オアシスの如く、私は増田の前に現れた。
そして、間もなく「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」でフォーラムオープニング上映される増田の次回作「沈黙の隣人」で、私は増田の風景と化した。
これこそが、増田の演出する俳優 近藤善揮という名の風景だ。

移ろい行くオアシスには、小さな小さな文化も人の輪の中から育まれて行く。

ユーロスペースは、渋谷という砂漠の中の小さなオアシスである。スクリーンの中には、水源を変えた様々な幻影なのかもしれないオアシスが移ろい行く。

映画館は、眼前にいる観客という現実と、スクリーンの向こう側に広がる虚構という世界の溶け込む小さな人体ジオラマである。

もはやこの国は、善も悪も、保守も革新も、夕焼空と青空の境界線のように曖昧に溶け込み、ボーダーレスの時代へと向かっているのかもしれない。

保守党は、元自民党の党員により構成されている民主党という党により構成されている。そして野党は、今も尚、保守にこだわる自民党という党により構成されている。
保守なのか革新なのかその境界線は曖昧なものとなり、我が国を包み込む。

革新的新右翼として今も尚、その存在感を世間に知らしめる、「朝まで生テレビ」でもお馴染み、一水会 顧問 鈴木邦男。
法政大学から、貧乏人革命集団を組織し、数々のパフォーマンスとその個性溢れる著物でもお馴染み、松本哉。

夢のような対談が実現する。

2月12日(金)ユーロスペースにて上映後
「おやすみアンモナイト」公開記念トーク
松本 哉(素人の乱) × 鈴木邦男(一水会顧問)
「誰が呼んだか素人の乱 !!」

【出演】 松本 哉 鈴木邦男 昼間たかし 増田俊樹
※ 遂に実現 !! 松本 哉さん、鈴木邦男さんをお迎えし、
脚本家と監督の両名が「素人の乱」を徹底解剖 !!
http://www.tukinoishi.com/main.html

この、おやすみ前のアンチナイトな夜は、千夜一夜の如くスクリーンの向こう側に広がる、荒涼たる砂漠の中の、小さな小さな光のようなものなのかもしれない。

それは、あたかも冬の蜃気楼の如く。

至極の夜を、お見逃しなく。

時は…建国記念日の翌日…。

アンモナイトな夜は、アラジンの絨毯に乗り、紀元節を越境し行く。

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